もりっちゃんのゆるブログ

楽しく、でも真面目に。 そんなブログを書いています。

「笹の舟で海をわたる」を読みました

 例年なら梅雨明けしている頃なのに、まだ雨が続いている。

家の中のみならず、私の体にもキノコが生えそうだ🍄

 

笹の舟で海をわたる

「笹の舟で海をわたる」(角田光代 著)を読みました。

 

角田さんの長編、「対岸の彼女」や「空中庭園」、「キッドナップツアー」

などを予約して読もうか と思っていましたが、

図書館の棚で見つけてパッと借りてしまいました。

 

60代前半の左織という女性が主人公。

今の私の年齢に近いが、左織は戦前生まれなので私の母世代になる。

現在の左織が風美子という謎の女性と共に家を探すシーンから

始まる。最初からぞわぞわした感じが止まらない。

風美子が何者かは読んでいくうちにわかるのだが、まだぞわぞわする。

現在からやがて過去の回想となり、左織と風美子の出会いが

描かれる。

ぞわぞわは「何か不吉な予感」というやつだ。

特に不幸に襲われるというわけではない。

ただ、お葬式が全部で5回描かれる。

左織の夫の父親(義父)、左織の実母、夫の母親(義母)、

夫の弟(義弟)、そして夫。

みな、年を追って順番に病気で亡くなっていくのだ。

誰でも経験する身近な人との別れ、特別なことではない。

ないけれど・・・

なぜお葬式ばっかり・・・

 

私の父は疎開を経験している。

でもその経験を父から聞いたことは一度もない。

疎開どころか戦争経験は全く話さず、戦争のドラマや映画も

嫌がって見ることはなかった。

「お父さんは疎開生活でよっぽど辛い思いをしたんだと思う。

だから何を聞いても話さないと思う」と母から言われて、

子どもの頃の私は、「卑怯やなー」と思っていた。

子どもには戦争のことを勉強しろと言っといて、

自分は話さないなんて何や! と思っていた。

 

大人になって震災を経験して、父の思いが少しわかった気がした。

自分の息子に震災経験を話すとき、

当たり障りのない、誰でも知っていることしか話せないのだ。

本当に辛くしんどかったことはとても話せない。

子どもの頃の私に「卑怯やなー。何で話せないんや」と言われたら、

自分の心にすごくがんばって蓋をしていて、

話をしたら蓋がはずれて心が爆発してしまう気がするから、

と言うかな。

そう言っても、子どもの私に納得できるとは思えないけど。

 

いきなり疎開の話になったが、疎開生活がこの物語のキーに

なっているからだ。

 

「笹の舟で海をわたる」というタイトルは、

頼りなく揺れながら進む女性の人生を表しているように思う。

「女三界に家無し」という。

それこそ小さい頃から母親に言われた言葉だ。

この本を読んで一番に思い出したのはこの言葉。

一生の間、この広い世界のどこにも安住の場所がない。

笹の舟で海をわたるような心細い思いを抱えて、

左織はどこに安住の家を見つけるのか。