
「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」(島田荘司 著)を読みました。
前作「奇想、天を動かす」に続き、<吉敷竹史シリーズ>改訂完全版の第2弾です。
今作はシリーズ第1作、吉敷刑事の初登場作品。
マンションの浴室で、顔の皮を剝がされた女性の遺体が発見される。だが割り出された死亡推定時刻、被害者は寝台特急「はやぶさ」に乗車中だったー。時間の壁と“完全犯罪”に、警視庁捜査一課の吉敷竹史が挑む!
(「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」作品紹介より)
いろんな面で懐かしさを感じる作品だった。
まずは寝台特急。作品の初刊は1984年。まだ多くの寝台特急が走っていた。「はやぶさ」は東京ー西鹿児島(現:鹿児島中央)間を結んでいた。
私は1987年の夏、友人と北海道旅行をした際、寝台特急に乗った。当時上野発青森行きの「あけぼの」。22時発で、青森到着は翌日10時30分。12時20分発の青函連絡船「大雪丸」に乗り、函館着は16時10分。列車だと、このように丸一日かかる移動だった。確か青函連絡船がそろそろなくなると聞き、行きは船で行くことにしたのだと記憶する。その後、寝台特急に乗る機会はなかった。もうこんな旅はしたくてもできない。
トラベルミステリーが流行り、寝台特急はよくその舞台となった。私はよく覚えていないが、この作品もドラマ化されたかもしれない。
それから、「奇想~」の作品でも思ったが、刑事が捜査で連絡をとる手段が電話だということ。固定電話か公衆電話だ。たいていは、派出所(交番)か警察署で電話を借りている。そして、電話できたとしても、相手がいないことが多い。そのときは伝言を頼んでいる。何時に再度電話するから待っててほしいとか、何時には旅館にいるから電話をほしいとか、そんなふうに。ずいぶんまどろっこしいが、そんなもんだったのだ。こういう伝言は今ほぼない。携帯電話でいつでもどこでも連絡がとれる。電話以外の連絡方法もある。
実際、相手の声を聞いて安心したり、連絡がつかなくてやきもきしたり、そういう思いも貴重だったなと思ったりする。
顔のない被害者という設定や、死んでいるはずの被害者が列車に乗っていた?というトリックは、今聞くとそう目新しいものではないだろう。私もそう思って読んでいたが、おっとどっこい? 侮るなかれ。 この謎が初期に分かった人はすごいと思う。
吉敷刑事が被害者 九条麗子の過去を追って、麗子の故郷、越後 今川へ行くくだりが好きだ。
村上で各駅停車に乗り換え、十分も走ると、左手の窓に陰鬱な日本海がさっとひらけた。鉛色の水が寒々と広がり、沖の彼方は、霧とも雲ともつかぬ白い靄の内に消えて、水平線は見えなかった。
新潟に着いてからずっと降り続いていた霧雨が、この時雪に変わった。この陰気な海の向こうに横たわるはずの大陸から吹きつける強い風にあおられ、雪片は吉敷のすぐ鼻先の窓ガラスにぶつかった。
ハンカチを出し、吉敷は窓の曇りを拭った。扇形に覗き窓ができた。吉敷は、その扇形にさらに顔を近づけた。広々とした鉛色の海の上で、遥か視界の及ぶ限り、雪のかけらが激しく舞っていた。
(「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」より)
ええわ~ ”扇形の覗き窓”がいい。わざわざハンカチで拭うのよね~、吉敷さん。
このような地方の風景、残っているところもあるだろうが、そもそもそこを列車が今も走っているところは少ないだろう。
昔を懐かしむばかりで、すっかり年寄りになった気分だ。こんな風景を、こんな時代を小説として残してくれたことに感謝して・・・
ちなみに、タイトルの「1/60秒」は、シャッタースピード。「はやぶさ」車内で撮られた被害者の写真からきている。