もりっちゃんのゆるブログ

楽しく、でも真面目に。 そんなブログを書いています。

「死墓島の殺人」を読みました

今日は雨。☔

でも午前中に電車で銀行へ行きました。

本降りの雨でやっと梅雨っぽくなってきました。

ローリングストックの水(2リットル×6本×2ケース)の期限が

きたので新しく注文し、期限がきた水を使おうと思ったら、

期限は今年の9月だった・・・

どうも月を間違えたらしい。9月なら台風シーズンもあるし、

まだ置いておこうと思う。が! 置いておく場所がない。

こういうポカがしょっちゅうある。大丈夫か? 私。

 

死墓島の殺人 藤田警部補シリーズ (角川文庫)

「死墓島の殺人」(大村友貴美 著)を読みました。

第27回横溝正史ミステリ大賞受賞作「首挽村の殺人」の

受賞後第一作です。

村の次の舞台は島です。

 

前作と同じように、島の抱える問題と島の歴史的伝説を下敷きにした

フーダニット(Who done it?)のミステリー。

主人公を前作で活躍した藤田警部補とし、うんと読みやすくなった。

犯人もわかりやすいし。

でも、テーマは重い。「孤独」。

心を通じ合わせる人がいなければ、どんなに周囲に人がいても

孤独・・・(中略)人が周囲にいない物理的な孤独ではなく、

心の孤独・・・(後略)

(「死墓島の殺人」より)

 

コロナ禍で孤独を感じる人が増えたそうだ。 

家にこもっているとどうしても思考が内向きになってしまう。

意識して外に心を向けたいです。

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(無料イラストより)

 

「病魔という悪の物語」を読みました

おとといの金曜日、背の高い扇風機を押し入れから出し、

ついでに(と軽い気持ちで)押し入れの中を片付ける

ことにした。

ヘロヘロになり、夕方には腰痛もでてきて、動けなく

なってしまった。

ほんとに体力が落ちた。

自分にげんなりし、一日がんばったわりに片付いて

いない押し入れを見て、ますますげんなりする。

 

フリフリのレースが付いた真っ白のエプロンが2枚。

たぶんお祝いでいただいたものだ。何回か着たが、

さすがにもう着ないと思い処分することにした。

レースはきれいなので、ほどいて置いておくことにする。

こうやってこまごましたものが増える・・・

 

病魔という悪の物語 ──チフスのメアリー (ちくまプリマー新書)

「病魔という悪の物語 チフスのメアリー」(金森修 著)を読みました。

昨年コロナの感染が始まったとき、話題に上った本です。

そのため、2006年に刊行された本書が昨年復刊されました。

2020年7月11日(土)、毎日新聞書評欄「今週の本棚」で

紹介され、すぐ図書館に予約をしましたが、市に1冊しかなくて、

やっと今回ってきました。まだ私の後にも予約がついています。

 

とても読みやすく、わかりやすく、中学生以上で習う漢字には

ふりがながついているので、小学校高学年からでも読めるのでは

と思います。

作者は東大大学院の先生で、専門は科学思想史・科学史

難しいことをやさしく、簡易なことばで説明するのは本当に難しい。

それを実現した本を読むと、やった!👍と思います。

 

1869年に北アイルランドに生まれたメアリー・マローンは、

1883年アメリカに家族で移住してくる。

メアリーは複数の家庭で賄い婦として働く。

メアリーが37歳のとき、彼女が働いていた家庭で腸チフスの患者が

発生する。死者も出た。

メアリーは保菌者として隔離施設に入り、3年間発症しないまま

隔離生活を送る。

彼女は自らの解放を求め、支援者の支持も得て、

「(感染を防ぐため)今後料理人をしない」ということを

条件に解放される。

ところが・・・・

メアリーの物語はここからが肝心だと思うが、いったんここまでで

気になることを書いておく。

 

まず、腸チフスは腸チフス菌という細菌の感染によっておこる、

伝染病で、主な感染経路は経口感染だ。

食べ物や飲み物に付いた菌が口から体の中に入るパターンが多い。

メアリーが生きていた1800年代後半から1900年にかけては、

病原体の発見や治療方法、衛生環境などが改善されはじめる時期で、

そんな激動の時代だったということ。

それでもまだ特効薬やワクチンもなく、感染し発病したら

死に至った伝染病も多く、恐れられていたこと。

アメリカに世界中から移民が来て、そんなコミュニティができて

いたこと。

そんな中、伝染病が発生したら、患者を隔離し、周りの人の

感染の有無を調べ、消毒し、それ以上感染を広げないようにする

ことが、当時は一番だったのだ。

 

本書の“はじめに”に、作者が読者に一番考えてほしいことが

書かれている。

社会に住む不特定多数の人たちの命を救うためなら、

一人の人間、または少数の人間たちの自由がある程度

制限されても、仕方のないことなのか。

(略)少し難しくいいかえるなら、個人の自由と全体の福祉とが、

互いに相克関係にあるとき、それをどのように調停したらいいのか、

ということだ。

(「病魔という悪の物語」“はじめに”より)

この答えは今もない。現在のコロナ禍がそれを表している。

 

解放後のメアリーは、しばらくは紹介された料理人以外の仕事を

していたが、5年後再び料理人として働き、腸チフス患者を

出したとして、再度拘束され隔離生活を送ることになる。

なぜ、してはいけない料理人として働いたのか。

以前と違い、自分は発症しない感染者(文中では健康保菌者)で

人に感染させるかもしれないことを知っていたのに。

2度目の拘束では、メアリーへの批判が厳しく同情も得られず、

メアリーは終生隔離施設で過ごすことになった。

 

健康保菌者はメアリーだけではもちろんなかった。

メアリーが健康保菌者の1番目だったことと、

アイルランド系の移民だったこと、

カトリックだったこと、

貧しい賄い婦だったこと、

女性だったこと、

独身だったこと、などメアリーの社会的条件が不利に働いた

と作者は言う。

メアリーは「チフスのメアリー」として小説の題材にもなり、

チフスのメアリー」ということばだけが「人々を料理を通して

殺していく」悪魔の存在としてひとり歩きしていった。

 

「私がメアリーなら絶対料理人はしない」と言うことは簡単だ。

メアリーがどんな状況だったのか、どう思っていたのか、

隔離生活が与えた影響は? など周りの人にはわからない。

是か非か、善か悪か、二元論で語れることではない。

そのうえで、“おわりに”ではこう語られる。

恐ろしい伝染病が、いつ社会に蔓延するかは誰にもわからず、

もしそうなれば、電車で隣に座る人が、恐ろしい感染の源泉に

見えてこないとも限らない。

(略)

この生物学的な恐怖感が私たちの心の奥底に住み着き、

いつその顔を現すかはわからない状況が、人間社会の

基本的条件なのだとするなら、未来の「チフスのメアリー」を

同定し、恐怖を覚え、隔離し、あざけり、貶めるという構図は、

いつ繰り返されてもおかしくはない。

(「病魔という悪の物語」“おわりに”より)

 

繰り返すが、この本は2006年3月発行、コロナ禍の前の本だ。

個人の自由と公共の福祉。

この天秤のつり合いをどうとるか、今私たちは判断を問われている。

 

「ジゼル」を読みました

暑いです🌞 

玄関網戸全開🚪 扇風機ブンブン🌀

暑さに慣れるまでは水分を多めにとって、熱中症予防につとめます。

 

今日届いた市政ニュースに、コロナワクチン接種券の65歳以下の

送付について書いてありました。

現在やっている高齢者(65歳以上)の接種に続き、

まず60~64歳の人と市(西宮市)で把握できる基礎疾患のある人

(この該当者は市政ニュースの記事に挙げてあります)

に6月下旬送付するとのことでした。 

59歳以下の人には、年齢を区切って順次発送とのこと。

詳細は次号(6/25号)で。

この接種の順番はあくまでも当市(西宮市)の 予定ですので、

同じ兵庫県でも他市ではまた違うでしょう。

大学や職場での接種もあるそうですから、働き盛りの人や

若い人にも打てる機会が増えればいいですね。

 

ジゼル (小学館文庫)

「ジゼル」(秋吉理香子 著)を読みました。

秋吉氏の作品はたぶん読んだことがないと思います。

(忘れているかもしれません💦)

『華麗なるバレエ・ミステリー、開幕!!』と帯にあります。

バレエを題材にしたミステリーは珍しいなと思って借りました。

 

タイトルの「ジゼル」はバレエの有名な演目です。

農夫のロイスだと身分を偽った貴族のアルブレヒト

恋に落ちた村娘ジゼル。騙されたことを知り、ショックのあまり

亡くなってしまう。

ジゼルは、結婚する前に男に騙されて亡くなった娘たちの精霊、

ウィリの一員となる。

ウィリは、自分たちを苦しめた男への復讐として、

夜の森に迷い込んだ男たちを死ぬまで踊らせるという。

復讐のターゲットとなったアルブレヒト

 

バレエ『ジゼル』の内容に沿うように、ミステリーも進みます。

東京グランド・バレエ団の一員、19歳の如月花音(きさらぎかのん)が

主人公。

ある事件を機に封印されてきた演目『ジゼル』を15年ぶりに

公演することになった。

花音は準主役のミルタに抜擢されレッスンに励むが、

バレエ団のメンバーに次々と不可解な事件が起こる。

これは15年前の事件に起因するのか・・・

 

登場人物の名前が萌えます。(笑)

花音の同期生に、

太刀掛蘭丸(たちかけらんまる)。

バレエ団の芸術監督に

蝶野幹也(ちょうのみきや)、

プリマの紅林嶺衣奈(くればやしれいな)、

15年前の事件の当事者、姫宮真由美(ひめみやまゆみ)。

 

バレエには全く疎くて、10代~20代に漫画や映画で触れたくらいだ。

漫画は好きでよく読んだ。

有吉京子「SWAN」

山岸涼子アラベスク

バレエから派生して、ダンスやフィギュアスケートの漫画も

読んだ。

槇村さとる「愛のアランフェス」「ダンシング・ゼネレーション」

とか。

映画は、「愛と哀しみのボレロ」、「ブラック・スワン」かな。

両方とも映画館で観ました。

一度バレエの公演を生で見てみたいです。

 

小説「ジゼル」の真相は、カーテンコールまで読まないと

わかりません。

最後までドキドキの341ページです。

 

ユリとグラジオラス

今週は暑くなりそうです🌞

熱中症に気をつけて、洗濯や布団干しなど晴れを有効に

使いたいですね。

 

近所のユリがきれいです。

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種類はわかりません。

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周りは高い柵がめぐらされていて、柵の中も井桁のような柵があります。

きちんとあらかじめ考えて植えられているのでしょう。

しかし写真が撮りにくい💦 はい、私の花壇じゃないしね💦

 

グラジオラスはこれが限界・・・↓

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スマホを中に落としてしまいそうでした・・・

落としたら取れない・・・スリリング・・・

 

「首挽村の殺人」を読みました

カップヌードルのふたを留めるテープ(シール)がなくなる

そうです。

テープの付いたカップ麺はカップヌードルだけなので、

他のカップ麺のときは蓋の上に小皿や計量カップなんかを

重しにしていました。

テープをなくしてもふたが留まるように工夫するそうです。

期待しときます。 

 

首挽村の殺人 (角川文庫)

「首挽村の殺人」(大村友貴美 著)を読みました。

平成19年(2007年)発行で、第27回横溝正史ミステリ大賞を受賞

しています。

「~の殺人」というタイトルには賛否両論ありますが、私はまあまあ

好きです。

内容がはっきりしてわかりやすいからです。

物騒な話でもフィクションだと思うと安心して読めます。

 

この作品の中にも、過疎の山村が抱える諸問題ー少子高齢化

過疎地医療、産業・観光と自然破壊などが描かれ、

ノンフィクションならずいぶん重く、しんどい話になる。

また、村に伝わる民間伝承が「見立て殺人」のモチーフになっている。

これも、横溝正史だけでなく古今東西のミステリでよく使われるが、

民俗学として研究の対象として読めば、おどろおどろしくて

怖い。。

フィクションならこういう世界も抵抗なく読め、諸問題も

考えることができるというわけだ。

 

首挽村は通称で、岩手県にある鷲尻村。(もちろん架空の村)

村の診療所の医師が急死したため、代わりの医師、滝本志門が

村に来るところから始まる。

この滝本医師が主人公で探偵役なのかな、と思っていたが、

あれれれ・・・

犯人かなと思っていた人が、死んでしまったり・・・

 

語り手がころころ変わるので感情移入がしにくかった。

けれど、どんな解決、結末になるのか知りたくて2日で読めた。

大村氏の次作「死墓島の殺人」(これも「~の殺人」(笑))

にかかります(^^)/

 

「ローマ人の物語Ⅴ」を読みました 

明日が雨の予報なので、今日のうちにと自転車を走らせ、

郵便局と銀行に行きました。

帰ってから通帳を見て、ATMに行く日を1週間間違っていたことに

気づきました。(早すぎた)

日付の感覚がおかしくなっています。いや、私の脳がおかしいのか。

まあいいとしよう。間違っていたことに気づいたのだから(笑)

 

ユリウス・カエサル ルビコン以後──ローマ人の物語[電子版]V

ローマ人の物語Ⅴ ルビコン以後」(塩野七生 著)を読みました。

以下、長い記事です(:_;) お許しを。

 

前巻Ⅳに続いて、ユリウス・カエサルが主人公です。

カエサルポンペイウス軍(元老院派)と戦い、

スペイン、ギリシア、アフリカを手中にし、事実上ローマの皇帝に

という一歩手前で暗殺されるまでが3分の2。(B.C.49年~B.C.42年)

残り3分の1は、オクタヴィアヌスが初代皇帝になるまで

(B.C.42年~B.C.30年)を描いています。

 

「賽は投げられた」は前巻「ローマ人の物語Ⅳ」に出てきましたが、

「来た、見た、勝った」

「ブルータス、お前もか」

がこの巻に出てきます。

あと美女の代名詞、クレオパトラも登場します。

 

カエサルは、勝てる会戦でも回避に努め、殺そうと思えば殺せた

捕虜に対しても、釈放した。

<わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることに

なるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。

何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの

考えに忠実に生きることである。だから、他の人々にも、そう

あって当然と思っている>

これは、人権宣言にも等しい。個人の人権を尊重する考えは、

後代の啓蒙主義の専売特許ではないのである。

(「ローマ人の物語Ⅴ」第六章 壮年後期より)

カエサルの理想は新しすぎたのかな。時代が全然追いついてない。

 

(前略)死んだ後は生きていた当時の批判は忘れ去られ、

良いところだけが思い出されるというわけだ。とはいえこれが、

多くの人に共通する人間性の現実なのであった。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

日本人には「死んだら仏さん」という考え方もあるし、

いいところだけが美化されるのは仕方ないかなと思います。

 

カエサルは、『内乱記』の中で、「人間は、自分が見たいと思う

現実しか見ない」と書いている。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

塩野氏はこのくだりを何度も引用している。

人が失敗をする大きな原因らしい。

 

(前略)カエサルの、一見するだけならばクレオパトラに有利な

裁定こそ、古今東西数多の憶測を巻き起こし、プルタルコス

はじめとする史家たちの書いたエピソードに、ことの発端が

あったと人々が信じこんだ問題である。つまり、裁定前夜の

王宮に、敷物だかに巻きこませたクレオパトラが、それを運び

こませることで侵入に成功し、そこで初めて会ったカエサルを魅力の

虜にした結果、彼女に有利な裁定がくだされたのである、と。

パスカルなどは、クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、

歴史は変わっていただろう、とまで言ったのだった。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

この部分は楽しみにしていたくだりです。

ただ今回調べてわかったのですが、パスカルが『パンセ』の中で

書いたのは、“鼻が低い”ではなく、“鼻が短い”だったそうで、

私が思い込んでいた、“クレオパトラがそれほどの美人さんでなければ”

というより、“それほど些細なことで”という意味のようでした。

   

(略)

この戦闘後にカエサルは、ローマの元老院に送った戦果の報告を、

次の三語ではじめたという。

「来た、見た、勝った」

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

B.C.47年、ポントス(小アジアの王国)王ファルケナスを破った

ゼラの会戦のあとのエピソードです。

  

カエサルの名前が残っているもののひとつが、「ユリウス暦」。

ローマでは、B.C.7世紀の王ヌマが整備した太陰暦が使われていました。

1年は月の満ち欠けに準じて12ヵ月に分かれ、1年の日数は355日

になり、余った分は数年ごとに1ヵ月増やす形で調節してきました。

でもカエサルの頃に、実際の季節との差が3ヵ月近くできていました。

カエサルは、エジプト人天文学者ギリシア人の数学者に

暦づくりを担当させ、地球が太陽の周りを1周するのに365日と6時間

かかるとし、誤差は4年に一度1日増やして調整することにしました。

 「ユリウス暦」は、A.C.1582年に法皇グレゴリウス13世によって

改良されるまで1627年間使われ続けました。

このグレゴリウス(グレゴリオ)暦と「ユリウス暦」の差は、

たった11分14秒だったそうなので、なかなかの精度だったんです。🎊

 

人間の行動原則の正し手を、

宗教に求めたユダヤ人。

哲学に求めたギリシア人。

法律に求めたローマ人。

(略)

宗教は、それを信じない人々に対しては、「行動原則の正し手」には

なりえない。

哲学は、それを理解できるだけの知力のない人々に対しては、

影響力をふるえない。(略)

だが、法律はちがう。法律とは、宗教を異にし哲学に無関心な人々でも、

人間社会を生きていくのに必要なルールであるからだ。(略)

法の精神とは、考え方のちがう人々でも一緒に生きていくための

ルールではなかろうか。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

少々ローマびいきの説明に思えるが、2000年後の現在多くの国が

法治国家であることを考えれば、ひとつの結論だと思う。

 

カエサルが終身独裁官となって、やり遂げた(途中になったことも多い。

暗殺されたので)ことは数多くありますが、

暦の月の名前がちょっとお気に入りです。

当時の1年の始まりは3月でした。3月を第一月とし、順番に

数を重ね、7月は第五月でした。

それをカエサルは自分の生まれ月(7月12日生まれ)を記念して、

ユリウス(Iulius)と改めました。

これがイタリア語のルーリオ、フランス語のジュイエ(juillet)、

英語のジュライ(July)になりました。

7月は私の生まれ月でもあるのでちょっとうれしい(*^-^*)💦

 

 B.C.44年3月15日にカエサルは暗殺されました。

その日を前にさまざまな縁起の悪いこと、予感があったと伝えられています。

カエサルの)妻が悪夢を見た。

占い師が3月15日には気をつけろと叫んだ。

前日からの激しい嵐。

ローマの中心部に、多くの鳥が群れて集まった。

ほとんどは後世の風聞だと言われています。

また、「三月十五日」は、数々の不吉な前兆や予言を見、聴き、

知っていた人々が、息をつめて見守る中で起こった事件ではない。

何ごとも常の日と同じであった日に、陰謀者たち以外は誰一人と

して予想していなかった中で、突如起こった惨事であったのだ。

劇的とは、非劇的に進行してきたのが急変するからこそ、

ドラマティックなのである。

 (「ローマ人の物語Ⅴ」“第七章 「三月十五日」”より)

 

さて、このカエサル暗殺のエピソードに出てくる名文句、

「ブルータス、お前もか」。

このブルータスとは、カエサル暗殺の主謀者のひとり、

マルクス・ブルータスだと私は歴史で習ったし、

ウイキペディアもその立場、シェークスピアの『ジュリアス・シーザー

もしかり。

でも以下の別の説があり、塩野氏もその立場。

カエサルの周辺にいたもうひとりのブルータス、デキウス・ブルータス

だという説です。

ちょっとややこしいですが、整理するために説明します。

  ↓

直接の暗殺者マルクス・ブルータスは、カエサルが生涯の愛人

としたセルヴィーリアの息子。(父親はカエサルではない)

軍事経験はなく、金融業で身を立てた。

カエサルルビコン河を越えたとき、母は反対した(カエサルの愛人だから)

が、親しい叔父(小カトーと呼ばれる人物)に同調し、

ポンペイウス側につく。

ポンペイウス側が負けても、母親のおかげで殺されずにすんだ。

そのあとはカエサルの縁故人事で出世していく。

しかし、もうひとりの暗殺主謀者カシウス・ロンジヌスにかつがれ、

カエサル暗殺へと動く。

 

もうひとりのブルータス、デキウス・ブルータスは、ガリア戦役時代から

カエサルの部下で、非常に軍事的才能に恵まれ、カエサルの信頼も

得ていた。

そしてカエサルは遺言状に、第1相続人(オクタヴィアヌス

が辞退した場合の第2相続人にデキウス・ブルータスを指名している。

それだけ信頼が厚かったのに、デキウスはそんなことは夢にも

考えていなかったようだ。

 

マルクス・ブルータスの場合は、

縁故人事と陰口を言われても、かわいがってきたのに、なぜ・・・

お前もなのか・・・・となり、

デキウス・ブルータスの場合は、

昔からの片腕で、将来も期待されていたのになぜ・・・

お前もなのか・・・となる。

私にはどちらのブルータスかなんて、とても判断できない。

どちらのブルータスも、マルクス・ブルータスは自死

デキウス・ブルータスは戦死してしまうし・・・

歴史の謎として残しておくほうがいいかも。 

 

ユリウス・カエサル」の巻は終わり。

とてもワクワクしながら読んだので、カエサルとさよならは淋しい

です(T_T)

ローマは共和制から帝政に入ります。

次巻「ローマ人の物語パクス・ロマーナ」へ続く。

 

もうすぐ6月

明日で5月も終わり。

梅雨入りした頃は雨続きでどうなることやらと思いましたが、

この頃は晴れと雨が交互に来てやれやれです。

 

あじさいがきれいに咲いていたので撮りました。 ↓

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6月も緊急事態宣言が続きます。

まだまだ気が抜けませんが、できることをたんたんと・・・