いいお天気が続きましたが、明日からは雨や曇りが続きそうです。
花粉はピークを過ぎたようですが、
私は今週鼻水👃がひどいです・・・(T_T)
「ローマ人の物語」シリーズ最終巻、
第2弾です。
ローマ帝国が東西に分裂し、“最後のローマ人”と言われた
将軍スティリコは処刑され、
幼い皇帝を支えるため、その母や姉がトップの座についた
というところで、前回は終わった。
その女たちはー
特権を有する人々が閉鎖的になるのは、
人間性の宿命でもある。そして、閉鎖された空間では、
公的な資格をもたない人が、公的な資格をもつ者の
近くにいるというだけで権力を持ってくるものだ。
皇帝の近親者、それもとくに女の近親者にとっては、
理想的な状況というわけであった。
女が権力をにぎって、悪いことは少しもない。
ただしそれは、権力を行使する正当な資格を持った
場合にかぎられる。皇帝の実母とか後見人では、
その資格がなかった。そして、その種の資格を
持たないことは、帝国の統治においては無視できない
不都合を伴ったのである。
塩野氏は女性に手厳しい(^^ゞ
国を任せるのに男も女もないけれど、
まともな名前さえなかったこの時代の女性にとっては、
まさに我を忘れる境地になるのかもしれないと思う。
大事を成すには、情熱的でエネルギッシュである
だけでは不充分で、そのうえさらに冷徹さが
求められる。だが、情熱的でエネルギッシュで
あることとクールであることは、
多くの場合両立しない。
この2つが両立している人は少ないだろう。
だからこの2つの違うタイプが混じるような形に
なるように、複数の者で協力体制がとられれば
ベストなのだろうと思う。
女性のリーダーは陰謀に巻き込まれたり、
浅はかな考えで動いたりして、その座を追われる。
一国の最高権力者がしばしば変わるのは、
痛みに耐えかねるあまりに寝床で身体の向きを
始終変える病人に似ている。
この例えは難しいけれど、向きを変えても根本的な
病気が治らなければ何も変わらない、
良くなることはない、ということだろうか。
イタリア半島は北(陸側)からも南(海側)からも
攻め込まれ、とうとう首都ローマが劫掠(ごうりゃく)
される。
制海権と聴くと軍事上のことに限られると思いがちだが、
それが失われて誰よりも先に、また誰よりも大きな被害を
こうむるのは、常のことながら一般の人なのであった。
このことは、現在毎日報道されるウクライナの状況を
見ても確かにそうだ。
筆者は、紀元前146年に起こったカルタゴの滅亡に
立ち会ったスキピオの言葉を引用し、
ローマの最期のときをカルタゴの場合と比較している。
「われわれは今、かつては栄華を誇った帝国の滅亡
という、偉大なる瞬間に立ち合っている。だが、
この今、私の胸を占めているのは勝者の喜びでは
ない。いつかはわがローマも、これと同じときを
迎えるであろうという哀感なのだ」
(註:スキピオの言葉)
でも、ローマの最期のときはカルタゴとは違っていた。
燃えつきはした。
だがそれは、火炎によってではなかった。
滅びはした。
だが、阿鼻叫喚とともに、ではなかったのである。
誰一人気づかないうちに、滅びたのであった。
異民族がローマに侵入したとき、抵抗する兵も市民もなく、
大きい戦いもなく、劫掠は静かに行われたのだ。
それほどまでに当時のローマは弱っていたのだろう。
首都ローマが落ちて、西ローマ帝国はなくなった。
紀元476年のことだった。
ローマ建国以来、1230年後になる。
このあとも分裂したローマ帝国の片いっぽう、
東ローマ帝国は存続するから、厳密に言えば
ローマ帝国の歴史はまだ続いていると言える
かもしれない。
しかし塩野氏は言い切る。
ローマという都市なしでの、ローマ帝国は
ありえない。ローマ人は、どれほど壊滅的に
破壊された後でも、ローマからどこか他の土地に
遷都することに、頑強に反対しつづけた民族である。
(中略)
その意味のローマ帝国は、やはり紀元476年に
滅亡したのであった。
このあと第三部は、ゲルマン民族に支配されるように
なったローマ(イタリア半島)や他のヨーロッパ地域、
そして残った東ローマ帝国の滅亡までを取り上げて、
ローマ人の長い長い物語はようやく終わりを迎える。
それは、また次回。(^^)/