もりっちゃんのゆるブログ

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「緋色の記憶」を読みました

予想通り、いきなり冬がやってきましたね。高齢者でなくてもヒートショックになりそうです⛄

あたたかくして体調管理に努めましょう。

鍋ものにもいい季節🍲 今日は湯豆腐にしまーす(^^)/

 

緋色の記憶〔新版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMク 17-2)

「緋色の記憶」(トマス・H・クック 著/鴻巣友季子 訳)を読みました。

 

原題は“The Chatham School Affair”、「チャタム校事件」。

アメリカ・ニューヨークの北東の小さな町、チャタムが物語の舞台で、父親が校長を務める学校に通うヘンリーが主人公である。

のちに弁護士となったヘンリーが、年老いて、自分がチャタム校の生徒だったときに起きた“事件”を回想する構成になっている。

その“事件”の内容は、なかなか明らかにされない。しかし、何か恐ろしいことが起こり、ヘンリーを含む多くの人々の運命が変わり、長い年月を経ても深い悲しみと後悔、無力感に包まれていることがわかる。

 

回想シーンの合間に、現在のヘンリーの描写が挟み込まれ、「このときのわたしはまだ知らなかったのである」や「これが○○と話した最後になった」など思わせぶりな言葉で先へ先へと引っ張られる。うまい構成だがちょっとイライラする(笑)

最後から3ページめで、やっと明らかになる事実。それを消化するには残り2ページがあまりにも少ない。

 

人はこんなふうに立ち往生し、ぶつかりあう愛にひとしく苦しめられながらも、情熱と退屈のあいだに、悦びと絶望のはざまに、夢見るだけの人生と耐えがたい現実のあわいに、自分の居場所を見つけようとせいいっぱいあがいている。

(「緋色の記憶」“第三十一章”より)

確かにそうだなと思う。自分の立ち位置のバランスが崩れたとき、運命はもはやコントロールできないようになるのだろう。

 

トマス・H・クックの小説は初めてだったが、非常におもしろく読んだ。“記憶四部作”(または“記憶五部作”)と呼ばれる“記憶”シリーズがまだあるので、図書館で探そうと思っている。(ただ、この「緋色の記憶」が最高傑作と言われているが)

 

最後にタイトルの“緋色”について。

緋色は深い赤。登場人物であるチャニング先生がバスから降りてきたときに着ていたドレスの色だ。

他に、訳者の鴻巣氏があとがきで3つ挙げておられる。

嵐が丘』のヒースクリフとキャサリンが交わした情熱の色。

ナサニエル・ホーソーンの『緋文字』で知られる“アダルタリー”、すなわち姦通の色。

そしてもちろん血、あるいは死を暗示する色。

緋色以外にも、作中で色が示すイメージは強い。ストーリーだけでなく、作り上げられた世界の雰囲気を楽しむ小説だと思った。