おととい、昨日と出かけて、今日はようやく家の仕事を
しています。お天気はイマイチですね⛅
おととい、12日の日曜、「兵庫七福神めぐり」に行ってきました。
えびすさまを調べていて、全国各地に「七福神めぐり」というのが
あることがわかりました。
おもしろそうなので、近場で行けそうなところを調べました。
あり、1日で巡れそうな「兵庫七福神」にしました。
七福神ゆかりの寺社をお参りし、お人形を集め、宝船に載せて飾ろう!
小さくても壮大な目標を持っていざ出発したのでした。
しかし!
お人形は6体しかありません。
7寺社しっかりお参りしましたが、ひとつだけお人形を
いただくことができませんでした(T_T)
(理由はあとで)
残念です;つД`) 1社だけ後日もう一度訪れることにします。
「兵庫七福神」は「兵庫県」ではなく、「神戸市兵庫区」のことです。
兵庫区内の七福神をめぐるもので、7寺社全部歩いて回っても半日
くらいですみ、気楽に回れます。
スタートは、和田岬にある和田神社から。
《注》私は和田神社をスタートにしましたが、ゴールにしてもOK。
ただ、宝船をいただけるのは和田神社だけなので、
注意!
(JR和田岬線というのもありますが、事実上通勤列車で、日中は
運転されていません。)
和田神社(弁財天)
蛭子大神が淡路を出て最初に上陸した地。
「蛭子の森」と呼ばれる。
和田神社には福神が5柱祀られているが、蛭子社はない。
えびすさまの記事で出てきた蛭子大神ですよ。
なのに、えびす社はなくて、弁天さまなんて。
おもわず突っ込んでしまいます(笑)
茅の輪くぐり。
8の字を描きながら、茅の輪を7回くぐります。
私もやりました。
本殿 ↓
万治元年(1658年)、武庫川の氾濫によって「岡田宮」のご神体が、
和田岬に漂着したことから、尼崎藩主青山幸利が大社殿を造営しました。
和田神社は海の守り神として崇敬され、境内には知多半島を拠点として
江戸と兵庫を結んだ尾州廻船の船主や、兵庫の商人たちが奉納した
常夜灯が残されています。
承安3年(1173年)に平清盛がこの地に安芸の宮島より市杵嶋姫大神
(いちきしまひめのおおかみ)を勧請しています。
この市杵嶋姫大神が弁財天とされています。
お稲荷さん ↓
琵琶に巻き付くヘビ。
和田神社には、白蛇🐍が神のお使いとして姿を現した「影向松」や蛇塚があり、
絵馬もこの図柄です。
和田神社を出て北へ。次は薬仙寺です。
薬仙寺(寿老人)
本堂 ↓
行基開山。(746年)
1333年、後醍醐天皇が隠岐島から帰還の際、霊泉で薬を飲み、
病気がたちまち治ったと伝わる。
後醍醐天皇が病を治したご霊泉。井戸が今も残っています。
門の左側に「平清盛が後白河法皇を幽閉した地」という案内があり、
境内には ↓
萱の御所跡の碑があります。なんだか怖いですね~
寿老人は本堂の中の祠に祀られていました。
不死の薬や不老長寿の桃を持つとされる。
桃、確かに持ってはります。
鹿もいるね。
寿老人さまも謎がありますね~
謎が謎を呼び、七福神について調べるときりがないです(笑)
とりあえず、七福神めぐりはその2へ続きます(^^)/