「黒い睡蓮」(ミシェル・ビュッシ 著/平岡敦 訳)を読みました。
“海外のおすすめミステリー”のサイトで見つけた本。
2010年に発表され、この集英社文庫版は2017年。比較的新しい本です。
舞台はフランス・ノルマンディー地方の村、ジヴェルニー。
ひょっとして?と思われたあなたは、モネのファン?
そう、ジヴェルニーは印象派の画家 クロード・モネが多くの「睡蓮」の絵を描いたアトリエのあった村。この作品のモチーフが、モネの描いた「睡蓮」となっている。
この物語は、ミステリーとして何も書けないタイプの作品だ。
書けるのは舞台となる場所 ジヴェルニーだけで、ストーリーはもちろん、年代もちょっと・・・ (←これもまずいか💦)
となるとどういうトリックの作品かは想像いただけると思う。
でも見事騙されてよかった、と思える作品だ。
自分の細部の読み込みのなさや、やや出来過ぎのラストは気になるが、それでも読後感は爽やかだ。ラストまで立ち込めていた「黒い」闇や霧が一気に晴れる。それは心地よかった。
私は学生の頃から20代後半まで印象派の絵画にかなり傾倒した。特にモネをというわけではないが、「印象派」という言葉がモネの絵から生まれたことを考えても、モネの存在は大きい。
オルセー美術館は訪れたが、睡蓮の大作があるオランジュリー美術館やモネの作品を多く収めるマルモッタン・モネ美術館は行っていない。パリに住んで美術館を訪れる毎日を過ごせたら・・・なんて夢を見ていた若いころを思い出す。
この作品を読んで、モネが愛した風景はモネの暮らしていたジヴェルニーの景色そのものだったのだろうと感じた。村は時代と共に変わっていく。モネが遺した絵の中に、モネの思いも残されているのだろう。
今はそれほど印象派の絵だけに惹かれることはなくなったが、「若かりし頃の夢」としてほろ苦く思い出すことが多くなった。
最後に、作品の発端となる事件の被害者(この書き方も厳密には不可か・・・)の上着のポケットから見つかったモネの絵葉書に書かれていた言葉を書いておこう。
夢見ることは罪かもしれないと、わたしは認めよう。