もりっちゃんのゆるブログ

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「ローマ人の物語Ⅶ」を読みました/その2

今年初のエアコンを使っています。

もうちょっと辛抱できるかと思っていましたが、撃沈。

 

悪名高き皇帝たち──ローマ人の物語[電子版]VII

ローマ人の物語悪名高き皇帝たち」のレビュー、続きです。

 

◆4代皇帝クラウディウス(A.C. 41年~54年)

 

高速道路式の街道は、一本だけならば、紀元前のペルシア帝国に

すでにあった。だがそれを、街道網というネットワークに作り換えた

のはローマ人である。郵便も、ペルシア皇帝がすでに開発していた。

だがそれを、郵便網という感じで帝国全域に張りめぐらせたのは

ローマ人である。

(「ローマ人の物語Ⅶ」“第三部 皇帝クラウディウス”より)

仕組みをみると、日本の江戸時代の飛脚制度みたいな感じです。

宿場(しゅくば)みたいなのがあって、長い道のりのときは飛脚が

交代したそうです。進んでいますね。

 

ここに至ってはじめてローマ史も、権力者の妻になるくらいでは満足せず、

自ら政治をしようと決めた女人の登場を迎えることになる。

(「ローマ人の物語Ⅶ」 “第三部 皇帝クラウディウス”より)

この女人(?)が小アグリッピーナ(母親もアグリッピーナという名

なので、大・小をつけて区別する)、表紙の貨幣に彫られた女の人です。

皇帝(3代カリグラ)の妹であり、皇帝(4代クラウディウス)の妻になり、

やがて皇帝(5代ネロ)の母になります。

皇帝クラウディウスは妻の小アグリッピーナに毒キノコ料理で

殺されたと言われています。(自分の息子のネロを皇帝にするため。

しかし、皇帝となった息子ネロに、母親の小アグリッピーナ

殺されてしまう)

 

◆5代皇帝ネロ(A.C. 54年~68年)

 

ローマ人は、都市とは、とくに都心部には、都市に必要なものがあれば

よいのであって、緑は郊外の山荘や海辺の別荘で満喫するものと

考えていたのである。

(「ローマ人の物語Ⅶ」 “第四部 皇帝ネロ”より)

だけれど、ネロはギリシア文化に傾倒し、ローマの中心に

「ドムス・アウレア」(黄金宮殿)呼ばれる建物の建設を始め、

市民たちの反感を招いた。

国土の狭い日本もどちらかというと都市の周りに機能的に

住んでいると言えますね。

 

歴史に親しむ日々を送っていて痛感するのは、勝者と敗者を

決めるのはその人自体の資質の優劣ではなく、もっている資質を

その人がいかに活用したかにかかっているという一事である。

(「ローマ人の物語Ⅶ」 “第四部 皇帝ネロ”より)

まずは自分の向き不向きや得意・不得意を見極めないと、

活用は難しいと思いました。

 

旅とは、情報を得るよりも、現地を自分の眼で見、空気を吸い、

それによって土地鑑を養うのに役立つ。ネロには、この種の

ことの重要性への認識と、純粋な好奇心が欠けていたとするしかない。

(「ローマ人の物語Ⅶ」 “第四部 皇帝ネロ”より)

ネロのギリシア旅行についてのコメント。

コロナ禍で“リモート旅”も生まれましたが、現地を五感で味わう

旅はかけがえのないものですね。

 

私の想像では、ローマ人が考える血統とは、現代で言う付加価値では

なかったかと思う。ローマ人はあくまでも、実力の世界の住人

であったのだ。(中略)ネロの後にアウグストゥスの血を引く

誰かを据えなかったのは、あの時代のローマ人が、もはやアウグストゥス

血の価値を認めなくなったことを示している。

(「ローマ人の物語Ⅶ」 “第四部 皇帝ネロ”より)

ネロが暴君だとされているのは、キリスト教徒を表立って迫害した

最初のローマ皇帝だということが大きいと思います。

その他の無謀な行為は、16歳の若さで皇帝に就いたこともあるし、

それまでの皇帝にもたくさん見られる。

ローマ帝国に広がり始めたキリスト教は、いよいよこれからの

ローマの運命を握ることになるのです。

 

ローマ人の物語」も折り返し地点。

1冊がぶ厚いのでサクサク読むというわけにはいきませんが、

1冊ずつこつこつ読んでいきます。

次巻はⅧ 危機と克服です。