もりっちゃんのゆるブログ

楽しく、でも真面目に。 そんなブログを書いています。

「ローマ人の物語Ⅴ」を読みました 

明日が雨の予報なので、今日のうちにと自転車を走らせ、

郵便局と銀行に行きました。

帰ってから通帳を見て、ATMに行く日を1週間間違っていたことに

気づきました。(早すぎた)

日付の感覚がおかしくなっています。いや、私の脳がおかしいのか。

まあいいとしよう。間違っていたことに気づいたのだから(笑)

 

ユリウス・カエサル ルビコン以後──ローマ人の物語[電子版]V

ローマ人の物語Ⅴ ルビコン以後」(塩野七生 著)を読みました。

以下、長い記事です(:_;) お許しを。

 

前巻Ⅳに続いて、ユリウス・カエサルが主人公です。

カエサルポンペイウス軍(元老院派)と戦い、

スペイン、ギリシア、アフリカを手中にし、事実上ローマの皇帝に

という一歩手前で暗殺されるまでが3分の2。(B.C.49年~B.C.42年)

残り3分の1は、オクタヴィアヌスが初代皇帝になるまで

(B.C.42年~B.C.30年)を描いています。

 

「賽は投げられた」は前巻「ローマ人の物語Ⅳ」に出てきましたが、

「来た、見た、勝った」

「ブルータス、お前もか」

がこの巻に出てきます。

あと美女の代名詞、クレオパトラも登場します。

 

カエサルは、勝てる会戦でも回避に努め、殺そうと思えば殺せた

捕虜に対しても、釈放した。

<わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることに

なるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。

何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの

考えに忠実に生きることである。だから、他の人々にも、そう

あって当然と思っている>

これは、人権宣言にも等しい。個人の人権を尊重する考えは、

後代の啓蒙主義の専売特許ではないのである。

(「ローマ人の物語Ⅴ」第六章 壮年後期より)

カエサルの理想は新しすぎたのかな。時代が全然追いついてない。

 

(前略)死んだ後は生きていた当時の批判は忘れ去られ、

良いところだけが思い出されるというわけだ。とはいえこれが、

多くの人に共通する人間性の現実なのであった。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

日本人には「死んだら仏さん」という考え方もあるし、

いいところだけが美化されるのは仕方ないかなと思います。

 

カエサルは、『内乱記』の中で、「人間は、自分が見たいと思う

現実しか見ない」と書いている。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

塩野氏はこのくだりを何度も引用している。

人が失敗をする大きな原因らしい。

 

(前略)カエサルの、一見するだけならばクレオパトラに有利な

裁定こそ、古今東西数多の憶測を巻き起こし、プルタルコス

はじめとする史家たちの書いたエピソードに、ことの発端が

あったと人々が信じこんだ問題である。つまり、裁定前夜の

王宮に、敷物だかに巻きこませたクレオパトラが、それを運び

こませることで侵入に成功し、そこで初めて会ったカエサルを魅力の

虜にした結果、彼女に有利な裁定がくだされたのである、と。

パスカルなどは、クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、

歴史は変わっていただろう、とまで言ったのだった。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

この部分は楽しみにしていたくだりです。

ただ今回調べてわかったのですが、パスカルが『パンセ』の中で

書いたのは、“鼻が低い”ではなく、“鼻が短い”だったそうで、

私が思い込んでいた、“クレオパトラがそれほどの美人さんでなければ”

というより、“それほど些細なことで”という意味のようでした。

   

(略)

この戦闘後にカエサルは、ローマの元老院に送った戦果の報告を、

次の三語ではじめたという。

「来た、見た、勝った」

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

B.C.47年、ポントス(小アジアの王国)王ファルケナスを破った

ゼラの会戦のあとのエピソードです。

  

カエサルの名前が残っているもののひとつが、「ユリウス暦」。

ローマでは、B.C.7世紀の王ヌマが整備した太陰暦が使われていました。

1年は月の満ち欠けに準じて12ヵ月に分かれ、1年の日数は355日

になり、余った分は数年ごとに1ヵ月増やす形で調節してきました。

でもカエサルの頃に、実際の季節との差が3ヵ月近くできていました。

カエサルは、エジプト人天文学者ギリシア人の数学者に

暦づくりを担当させ、地球が太陽の周りを1周するのに365日と6時間

かかるとし、誤差は4年に一度1日増やして調整することにしました。

 「ユリウス暦」は、A.C.1582年に法皇グレゴリウス13世によって

改良されるまで1627年間使われ続けました。

このグレゴリウス(グレゴリオ)暦と「ユリウス暦」の差は、

たった11分14秒だったそうなので、なかなかの精度だったんです。🎊

 

人間の行動原則の正し手を、

宗教に求めたユダヤ人。

哲学に求めたギリシア人。

法律に求めたローマ人。

(略)

宗教は、それを信じない人々に対しては、「行動原則の正し手」には

なりえない。

哲学は、それを理解できるだけの知力のない人々に対しては、

影響力をふるえない。(略)

だが、法律はちがう。法律とは、宗教を異にし哲学に無関心な人々でも、

人間社会を生きていくのに必要なルールであるからだ。(略)

法の精神とは、考え方のちがう人々でも一緒に生きていくための

ルールではなかろうか。

(「ローマ人の物語Ⅴ」“第六章 壮年後期”より)

少々ローマびいきの説明に思えるが、2000年後の現在多くの国が

法治国家であることを考えれば、ひとつの結論だと思う。

 

カエサルが終身独裁官となって、やり遂げた(途中になったことも多い。

暗殺されたので)ことは数多くありますが、

暦の月の名前がちょっとお気に入りです。

当時の1年の始まりは3月でした。3月を第一月とし、順番に

数を重ね、7月は第五月でした。

それをカエサルは自分の生まれ月(7月12日生まれ)を記念して、

ユリウス(Iulius)と改めました。

これがイタリア語のルーリオ、フランス語のジュイエ(juillet)、

英語のジュライ(July)になりました。

7月は私の生まれ月でもあるのでちょっとうれしい(*^-^*)💦

 

 B.C.44年3月15日にカエサルは暗殺されました。

その日を前にさまざまな縁起の悪いこと、予感があったと伝えられています。

カエサルの)妻が悪夢を見た。

占い師が3月15日には気をつけろと叫んだ。

前日からの激しい嵐。

ローマの中心部に、多くの鳥が群れて集まった。

ほとんどは後世の風聞だと言われています。

また、「三月十五日」は、数々の不吉な前兆や予言を見、聴き、

知っていた人々が、息をつめて見守る中で起こった事件ではない。

何ごとも常の日と同じであった日に、陰謀者たち以外は誰一人と

して予想していなかった中で、突如起こった惨事であったのだ。

劇的とは、非劇的に進行してきたのが急変するからこそ、

ドラマティックなのである。

 (「ローマ人の物語Ⅴ」“第七章 「三月十五日」”より)

 

さて、このカエサル暗殺のエピソードに出てくる名文句、

「ブルータス、お前もか」。

このブルータスとは、カエサル暗殺の主謀者のひとり、

マルクス・ブルータスだと私は歴史で習ったし、

ウイキペディアもその立場、シェークスピアの『ジュリアス・シーザー

もしかり。

でも以下の別の説があり、塩野氏もその立場。

カエサルの周辺にいたもうひとりのブルータス、デキウス・ブルータス

だという説です。

ちょっとややこしいですが、整理するために説明します。

  ↓

直接の暗殺者マルクス・ブルータスは、カエサルが生涯の愛人

としたセルヴィーリアの息子。(父親はカエサルではない)

軍事経験はなく、金融業で身を立てた。

カエサルルビコン河を越えたとき、母は反対した(カエサルの愛人だから)

が、親しい叔父(小カトーと呼ばれる人物)に同調し、

ポンペイウス側につく。

ポンペイウス側が負けても、母親のおかげで殺されずにすんだ。

そのあとはカエサルの縁故人事で出世していく。

しかし、もうひとりの暗殺主謀者カシウス・ロンジヌスにかつがれ、

カエサル暗殺へと動く。

 

もうひとりのブルータス、デキウス・ブルータスは、ガリア戦役時代から

カエサルの部下で、非常に軍事的才能に恵まれ、カエサルの信頼も

得ていた。

そしてカエサルは遺言状に、第1相続人(オクタヴィアヌス

が辞退した場合の第2相続人にデキウス・ブルータスを指名している。

それだけ信頼が厚かったのに、デキウスはそんなことは夢にも

考えていなかったようだ。

 

マルクス・ブルータスの場合は、

縁故人事と陰口を言われても、かわいがってきたのに、なぜ・・・

お前もなのか・・・・となり、

デキウス・ブルータスの場合は、

昔からの片腕で、将来も期待されていたのになぜ・・・

お前もなのか・・・となる。

私にはどちらのブルータスかなんて、とても判断できない。

どちらのブルータスも、マルクス・ブルータスは自死

デキウス・ブルータスは戦死してしまうし・・・

歴史の謎として残しておくほうがいいかも。 

 

ユリウス・カエサル」の巻は終わり。

とてもワクワクしながら読んだので、カエサルとさよならは淋しい

です(T_T)

ローマは共和制から帝政に入ります。

次巻「ローマ人の物語パクス・ロマーナ」へ続く。