もりっちゃんのゆるブログ

楽しく、でも真面目に。 そんなブログを書いています。

「彼女たちの場合は」を読みました

昨日は近所の保育所の卒園式でした。🌸

この季節は希望にあふれた卒業生とうれしそうな保護者たちの姿を

見かけて、こちらもうれしくなってしまいます。

彼ら、彼女らに幸多からんことを祈ります。 

 

彼女たちの場合は

「彼女たちの場合は」(江國香織 著)を読みました。

とてもおもしろかったです。

分厚い本で中身も濃いのですが、読み手も一緒にアメリカを旅している

かのような気分になりました。

気に入ったのは、まず装幀。

装幀:成見紀子

装画:三宅瑠人

とっても素敵なのでお名前をあげておきます。

それから登場人物の名前。

帯にあるように、14歳と17歳の少女が旅に出るお話なんですが、

14歳のほうが礼那(れいな)、17歳の方が逸佳(いつか)。

(ちなみに礼那の母親は理生那(りおな)という)

いやまあ何ともいい響き・・・

 

ふたりの少女はいとこ同士で、父親の仕事のためアメリカに住んでいる

礼那一家の家に、礼那のいとこ逸佳が留学のためホームステイしている

という設定。(礼那の母と逸佳の父が兄妹)

ふたりは家出同然に旅に出発し、結果的には無事に帰ってくる。

でもふたりはもう出発したときのふたりではないし、

彼らの家族もそれまで通りというわけにはいかなかった。

若い二人の変化は、それが成長であるわけだし、それだけの

経験をしたのだから当たり前だ。

私が興味深かったのは、彼らの親たちの変化だ。

彼らの旅費は、逸佳の学費が振り込まれているクレジットカードが

使われた。

なかなか帰ってこない娘たちに業を煮やして、逸佳の父親はカードを

止める。

しかし娘は帰ってこない。連絡もない。

カードを止めるかさんざん迷い、周りからも止めるように言われ、

止めたというのにだめだった。今度は止めたことを後悔するようになる。

これは興味深い。親はこうやって置き去りにされていくのだ。

悪いことではない。これが子の自立というものなんだろう。

 

この旅はふたりでしかできなかった。

逸佳は礼那が途中で帰りたいと言えば帰らせて、ひとりで旅を続けようと

思っていたが、そのうち礼那が逸佳にとって必要な存在になっていく。

生命力にあふれ、出会った人と出来事を迷うことなく受け入れる。

礼那はとても魅力的だ。

でも、出発時にポケットに入れた醤油の小袋(旅先で必要かもと

思った)を、そのまま帰るまで使わずに持っていた逸佳を

私はいとおしく思った。