もりっちゃんのゆるブログ

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「細川ガラシャ キリシタン史料から見た生涯」を読みました

今日も暑いです💦

無理せずエアコンも使いながらしのいでいます。

細川ガラシャ キリシタン史料から見た生涯 (中公新書)

細川ガラシャ キリシタン史料から見た生涯」(安延苑 著)を

読みました。

 

図書館の棚で見つけて借りました。

あまり歴史の本は読まないのですが、遠藤周作さんの「切支丹の里」を

読んだのと、細川ガラシャに興味があったので。

ご存知のかたも多いでしょうが、細川ガラシャ明智光秀の娘、玉として

生まれ、細川忠興に嫁ぎ、関ケ原の戦いの直前、豊臣側の石田三成

人質とされることを拒み自害した女性です。

大河ドラマでもこの時代を描くことが多いため、ガラシャも何度か

登場しています。

私の記憶に残る新しいものでは、橋本マナミさんが演じていました。

美しくて賢い女性というイメージが定着しているようです。

 

この本は、細川ガラシャの生涯を、当時ヨーロッパからキリスト教

布教にやってきた司祭などが残した手紙や報告書をもとにたどった

ものです。

当時の日本の武家社会と、キリスト教の社会は相容れない部分も多く、

布教には苦労があったようです。そのうち禁教や迫害にあいます。

たとえば、婚姻について。

キリスト教カトリック)では、一夫一婦制で離婚も禁じられているそうで、

武家社会の政略結婚や側室制度、また離婚や死別後の再婚は

キリスト教として認められるか。

ガラシャは自害したのですが、キリスト教では自殺を認めていないため、

ガラシャの死をどうとらえ、扱ったか。

 

政略結婚は神に誓った婚姻ではないとして、離婚後の入信は認めたり

しているものの、何とかキリスト教の教えを曲げずに布教をしたいという

教会の思いを感じました。

ガラシャが夫との離婚について相談したときも、「苦難から逃げては

いけない」と諭しますし、

自害ができないなら、侍女に「ほう助」してもらう(いわゆる介錯

のはどうかについても、

「自分で死ぬことも人に殺してもらうことも同じ」という解釈でした。

 

それでもガラシャにとっては、父親や夫の立場や行動に運命を翻弄された

短い生涯の中で、自らの意志を通した信仰と自害だったのだろうと思います。

ガラシャという珍しい洗礼名は、ラテン語のgratiaグラティアに由来し、

恩寵・恩恵という意味。ガラシャの本名、玉も珠・賜物という意味があり、

通じるところがあります。

 

作者は韓国生まれの女性で、東アジアとキリスト教史の研究者。

なかなか勉強になった読書でした。