もりっちゃんのゆるブログ

楽しく、でも真面目に。 そんなブログを書いています。

もこもこマフラー

今日は鎮魂の日です。

あの日からもう四半世紀も経つんですね・・・

寒くて暗い中、長蛇の列の公衆電話に並んだことを思い出しました。

17日の夜です。インターネットもケータイもなかった時代。

世の中はずいぶん変わりました・・・

私も年をとって。

あれから多くの災害が毎年のように襲います。

立ち向かう賢さと謙虚さを忘れずにいたいと思います。

 

久しぶりに手作りの作品をアップします。

プードルファーとネル生地を使った「もこもこマフラー」です。

今日2時間くらいでできました。

ファー地は縫いにくいですが、直線縫いだけなので簡単です。

さっそく明日から使います!

 

「兵庫七福神めぐり」はこの次続きをアップします(^^)/

 

兵庫七福神めぐり その2

昨日から少し冬らしい?天気になってきました。

風が冷たく、底冷えがします。

今まで家の中では裸足でしたが、靴下とスリッパを履いています。

(例年なら冬は靴下を履くんですが、今年は暖かくて・・・)

 

「兵庫七福神めぐり」の続きです。

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薬仙寺を出て北へ。

兵庫運河を越えると、清盛塚と琵琶塚がありました。

清盛塚 ↓

清盛塚と呼ばれる石造十三重塔は、1286年に建てられた供養塔で、

清盛の遺骨が納められているという説がありましたが、

1923年(大正12年)の発掘調査で清盛の墓ではないことが

明らかになりました。

それなら清盛のお墓はどこにあるのか? と思い調べました。

神戸市のサイトには、2説紹介されていました。

①『平家物語

清盛の遺体は愛宕で火葬にふされ、遺骨は側近の円実法眼

(えんじつほうげん)が頸にかけて摂津の国に下り、経ヶ島に納めた

と書かれている。経ヶ島は清盛が大和田泊(おおわだのとまり)

(現神戸市兵庫区兵庫港あたりに作った港)を改修したときに

築いた島。

②『吾妻鏡

遺言によって遺骨は播磨国山田の法華堂に納められたと書かれている。

播磨国山田は現在の神戸市垂水区西舞子町の山田川付近にあたり、

明石海峡を臨む景勝の地。平氏にとって海陸の拠点のひとつ。

 

清盛塚は清盛のお墓ではないことがわかりましたが、今も大切に供養

されていて、清盛ゆかりの地として地域で大切にされているのだな

と思いました。

 

琵琶塚 ↓

平家物語に登場する琵琶の名手・平経正(たいらのつねまさ)が

琵琶と共に埋葬されたという伝説があります。

隣には平清盛(1968年) ↓

 

ここから歩いてすぐ福禄寿ゆかりの真光寺に着きます。

真光寺(福禄寿)

本堂 ↑

真光寺は時宗の開祖である一遍が亡くなった場所に建立された寺院です。

かつてこの寺の東側には須佐の入江と呼ばれる入海が広がっていました。

一遍は「おどり念仏」と呼ばれる布教方法で全国を遍歴しました。

敷地の広いお寺です。

無縁如来塔 ↑

 

福禄寿のお人形は社務所でいただきました。

福禄寿は「実子の恵」「財産」「長寿健康」の神。

福・禄・寿の三体が合わさったとされる。

寿老人と同体とされる場合もある。

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背後の鶴は何?
 

真光寺の隣の須佐野公園にある「和田の笠松」 ↓

案内板には、

和田の笠松は往時須佐の入江の浜にそびえ、 入港船の目標となり、東西往還の目印の松ともなっていた。

 とあります。

当時の松は戦災で焼失してしまい、この案内板と藤原為家の歌碑があるだけです。

 

3寺社回ったところでお昼どきになりました。

兵庫七福神めぐりは短時間で回れるぶん、途中でご飯を食べたり

休憩するところがありません。

トイレも寺社では開放していないので、困ります。

スタート時は駅で必ずトイレに行っておくとしても、

なかなか冬場は厳しいです。

新川運河を渡って海側へ行くと、中央卸売市場があります。

その向かいにとても大きなイオンモールができたので、

そこでご飯を食べたり、休憩、トイレをすませることができます。

 

4つめの能福寺の前に東へ折れてイオンモールへ向かいました。

運河のたもとに「清盛くん像」があります。

清盛くん ↓

向こうに見えるのがイオンモール。 ↑

 

イオンモールの3Fフードコート(フードフォレストだったかな)で

おそばを食べました。

ここのフードコートは広くて、お店も私が見た中では一番たくさん

種類がありました。

おそばのお店なのに、カレーやから揚げ定食なんかもあって、

何にするかだいぶ迷いました。

結局親子丼とざるそばのセットにしました。 ↓

 祝日だったので家族連れで大賑わい。

フードコート以外にも1Fに飲食店がたくさんあります。

 

トイレもすませて、いざ後半。

 

えびすさまの謎 その3

今日は冷たい風が吹いて寒いですね⛄

 

「えびすさまの謎」最終回です。

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 その1、その2では、蛭子大神の伝説を基にしたえびすさまを

紹介してきましたが、今回は今宮戎神社のとっている説、立場を

紹介したいと思います。

今宮戎神社のホームページには以下のようにあります。

創建は推古天皇の御代に聖徳太子四天王寺を建立されたときに、

同地西方の鎮護としてお祀りされたのが始めと伝えられています。

(中略)

戎さまは漁業の守り神であり、海からの幸をもたらす神を象徴して

います。

当社の鎮座地もかつては海岸沿いにあり、平安中期より朝役として

宮中に鮮魚を献進していました。

 

またこのような海辺で物資の集まりやすい土地では、海の種々の産物と

里の産物、野の産物とが物々交換される、いわゆる「市」が開かれ

ますが、当社でも四天王寺の西門に「浜の市」が平安後期には

開かれるようになり、その市の守り神としても当社の戎さまが

祀られるようになりました。

時代を経るに従い、市場の隆盛は商業を発展させ、いつしか福徳を 

授ける神、商業の発展を祈念する神としても厚く信仰されるように

なりました。

 

今宮戎神社に祀られているのは、蛭子大神ではなくて事代主神

コトシロヌシノカミ)という神様で、この神様がえびすさまだという

立場をとっています。

事代主神は託宣の神と言われ、記紀神話では大国主命

オオクニヌシノミコト)の子神とされる。

高天原から大国主命に国譲りを迫ってきたとき、父に代わって

承諾する旨を伝えたのが事代主神だと言われています。

そのとき事代主神は釣りをしていたことが、海の神のえびすさまと

結びつき、江戸時代ころに同一視されるようになったという説です。

 

大国主命が大黒さまと習合したことから、事代主神であるえびすさまと

大黒さまは親子であるという説も。

え~。なんじゃらほい。

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えびす信仰が生まれる以前から事代主神を祀っていた神社で、

のちにえびすさまを祀った神社も多数あり、最も典型的な神社は

島根県松江市美保神社です。(事代主神総本宮

逆に、江戸時代から明治にかけて、えびすさまが事代主神という

説に基づいて、祭神名をえびすから事代主神に改めた神社も

あります。

 

これでえびすさまの謎、終了です。

謎はすっきり、はっきりというわけにはいきませんでしたが、

謎は謎のままでもいいかな、という気もしてきました。

神話の時代のかみさまの話です。語り継がれてきた歴史を感じて

ただ祈りたいと思います。

 

兵庫七福神めぐり その1

おととい、昨日と出かけて、今日はようやく家の仕事を

しています。お天気はイマイチですね⛅

 

おととい、12日の日曜、「兵庫七福神めぐり」に行ってきました。

えびすさまを調べていて、全国各地に「七福神めぐり」というのが

あることがわかりました。

おもしろそうなので、近場で行けそうなところを調べました。

大阪七福神、神戸七福神、兵庫七福神、阪急沿線七福神などが

あり、1日で巡れそうな「兵庫七福神」にしました。

 

七福神ゆかりの寺社をお参りし、お人形を集め、宝船に載せて飾ろう!

小さくても壮大な目標を持っていざ出発したのでした。

しかし!

お人形は6体しかありません。

7寺社しっかりお参りしましたが、ひとつだけお人形を

いただくことができませんでした(T_T)

(理由はあとで)

残念です;つД`) 1社だけ後日もう一度訪れることにします。

 

「兵庫七福神」は「兵庫県」ではなく、「神戸市兵庫区」のことです。

兵庫区内の七福神をめぐるもので、7寺社全部歩いて回っても半日

くらいですみ、気楽に回れます。

スタートは、和田岬にある和田神社から。

 

《注》私は和田神社をスタートにしましたが、ゴールにしてもOK。

    ただ、宝船をいただけるのは和田神社だけなので、

    注意!

  

和田岬までは、三宮から地下鉄海岸線で和田岬駅下車。

(JR和田岬線というのもありますが、事実上通勤列車で、日中は

運転されていません。)

 

和田神社(弁財天)

蛭子大神が淡路を出て最初に上陸した地。

「蛭子の森」と呼ばれる。

和田神社には福神が5柱祀られているが、蛭子社はない。

 えびすさまの記事で出てきた蛭子大神ですよ。

なのに、えびす社はなくて、弁天さまなんて。

おもわず突っ込んでしまいます(笑)

 

茅の輪くぐり。

8の字を描きながら、茅の輪を7回くぐります。

私もやりました。

本殿 ↓

万治元年(1658年)、武庫川の氾濫によって「岡田宮」のご神体が、

和田岬に漂着したことから、尼崎藩主青山幸利が大社殿を造営しました。

和田神社は海の守り神として崇敬され、境内には知多半島を拠点として

江戸と兵庫を結んだ尾州廻船の船主や、兵庫の商人たちが奉納した

常夜灯が残されています。

 

承安3年(1173年)に平清盛がこの地に安芸の宮島より市杵嶋姫大神

(いちきしまひめのおおかみ)を勧請しています。

この市杵嶋姫大神が弁財天とされています。

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お稲荷さん ↓

 

琵琶に巻き付くヘビ。

和田神社には、白蛇🐍が神のお使いとして姿を現した「影向松」や蛇塚があり、

絵馬もこの図柄です。

 

和田神社を出て北へ。次は薬仙寺です。

薬仙寺(寿老人)

本堂 ↓

行基開山。(746年)

1333年、後醍醐天皇隠岐島から帰還の際、霊泉で薬を飲み、

病気がたちまち治ったと伝わる。

 後醍醐天皇が病を治したご霊泉。井戸が今も残っています。

 

 門の左側に「平清盛後白河法皇を幽閉した地」という案内があり、

境内には ↓

萱の御所跡の碑があります。なんだか怖いですね~

 

寿老人は本堂の中の祠に祀られていました。

不死の薬や不老長寿の桃を持つとされる。

 

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桃、確かに持ってはります。

鹿もいるね。

寿老人さまも謎がありますね~

謎が謎を呼び、七福神について調べるときりがないです(笑)

とりあえず、七福神めぐりはその2へ続きます(^^)/

 

えびすさまの謎 その2

昨日は美容院へ行きました。

13年近くお世話になっていた美容師さんが異動になり、

次からは新しい美容師さんにやっていただくことになりました。

今回で最後。丁寧に仕上げていただきました。✨

 

えびすさまの謎解き、その2です。

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えびすさまが釣り竿と鯛を持っている姿が、「海彦山彦」のお話から

きているのでは、ということでした。

「海彦山彦」は次のようなお話。

山幸彦は、兄の海幸彦の釣り針を借りて漁に行くが、釣り針を失くしてしまった。そのため彼は兄に責められて、釣り針を求めて海中に行き、海神の娘の豊玉姫と出会った。このあと山幸彦は豊玉姫を妻にして海神の宮殿で三年間過ごした後に釣り針を見つけて地上に戻った。地上に戻った山幸彦は海神の助けを得て海幸彦を従えて皇室の祖先になった。

なんだか浦島太郎のような話ですね。この話も貴種流離譚の形を

とっています。

(「貴種流離譚」は「えびすさまの謎 その1」をご覧ください)

この「海彦山彦」が西宮神社蛭子命の伝説と結びつき、えびすさまの

姿は釣りをする山幸彦の姿に倣った、という説です。

鯛は、祝宴で出される縁起の良い魚。大漁旗にもえびすさまと鯛が

描かれるようになりました。

 

一方、山幸彦は彦火々出見尊という神様の通称。元々は稲の神で

農耕神です。

それにえびすさまが結びついて漁業の神ともなり、海に近いところ

だけでなく農作地にもえびす信仰が生まれていったそうです。

 

さて、中世、近世になると、西宮神社の境内の北側に居住していた

傀儡子(くぐつし・傀儡師とも書く)という人形劇集団によって、

えびす信仰は全国に広まりました。

「戎廻し」や「戎かき」と呼ばれ、中世に商業機構が発展すると、

えびすさまは海・漁業の神としてだけでなく、商売の神としても

信仰されるようになりました。

 

ここまで、えびすさまが蛭子伝説から来ているという説を

紹介しました。

次は、事代主命コトシロヌシノカミ)がえびすさまだと考える

今宮戎神社の説を紹介します。

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今日はえべっさんの残り福。みなさんに福が訪れますように!

 

舌の定番お国柄 ⑤カニ

毎年この時期になると「カニ食べ放題」や「カニ会席」の

バスツアーの広告が新聞に載ります。

カニは大好きですが、食べるのに時間がかかるので参加には

ちょっと勇気がいります。 

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「舌の定番お国柄」の最終は、⑤カニです。

カニの購入額1位の市は、即席めんやスナック菓子でも1位。

じゃーん!! 

それは鳥取市です💐

山陰地方はカニが特産なので、そうびっくりしませんが、

即席めんやスナック菓子が謎です。

高級な松葉ガニだけでなく、地元では手ごろな価格の雌ズワイガニ「親ガニ」が人気。小ぶりながら余すところなく食べられ、みそ汁で食べる家庭も多い。

カレールーやマヨネーズも1位だそうですが、カニにマヨネーズを

つけて食べるのかな~。

カニ・・・鳥取市:4731円

     全国平均 :1621円

即席めん・・・鳥取市:3300円

       全国平均:1789円

スナック菓子・・・鳥取市:6864円

         全国平均:4440円

 

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即席めんはローリングストックをするようになってよく

買うようになり、食べるようにもなりました。

意外に賞味期限が短いんですよね~

種類も多くて珍しい味のものを食べるのが楽しみでした。

でもやっぱりスタンダードな味のものが飽きがこずいいと思っています。

カレーやみそ、塩ごまなどです。

 

スナック菓子は、カルビーの「じゃがりこ」が一番です。

新味が出ると試しています。

今までで一番おいしかったのは、ごま油味です。期間限定なので、今は

ありません。また出ないかな~

アカンかったのは、今もある激辛インドカレー味です。

なんとこれは1本の半分くらいで、私はリタイアしました。

(ほとんど食べられなかった・・・)

旦那さんと息子にあとを託しましたが、旦那さんが4分の1くらい。

息子が2分の1くらいを食べてくれ、残った分はもったいないことに

処分しました(T_T)

旦那さんも息子も結構辛いもの好きなんですが、この辛さは

罰ゲーム級とのこと。

大失敗でした。

でも激辛カレーが平気な人はおいしく思うかもしれません。

好み次第ですね。

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このシリーズはこれで最後にします。

ありがとうございました。

 

えびすさまの謎 その1

今日は予想外の強風で驚きました。

 

警報(暴風)が出ていることを知らず、いつものようにジムに行く

用意をして何気なくスマホを見たら「防災ネット」からのメール。

あわててテレビをつけて確認し、ジムは「暴風」と「洪水」の

警報では休業するので、今日はあきらめることに。

でも全然風は強くないし、晴れてきたので買い物に早めに行きました。

帰り道、ちょっと風が強くなってきたかな~と思っていたら、

午後からぴゅーぴゅーになって、あわててベランダの洗濯物だけでなく、

台風のときのようにすべてを室内に入れました。

それでも飛ばされそうでした。

 

台風の時期じゃないので油断してました。イカイカン。

つい先ほどやっと警報が解除になりましたが、ベランダに戻すのは

明日にします・・・

 

えびすさまについて昨日の続きです。

ウイキペディアには次のようにあります。

1、日本の神。七福神の一柱。狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的。

2、外来の神や渡来の神。客人や門客人や蕃神といわれる神の一柱。

3、神格化された漁業の神としてのクジラのこと。クジラを含む大きな魚全般をさした。

4、寄り神。海から辿り着いたクジラを含む漂着物を信仰したもの。

 えびすさまは日本の神で、現在では七福神の一員として日本古来の唯一

(その他はインドや中国由来)の福の神となっています。

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七福神です。かわいいイラストですね。

えーっと、女性の神様が弁天さん(弁財天)だから、そこから時計回りに、

寿老人、布袋さん(布袋尊)、大黒さん(大黒天)、恵比寿さん、

毘沙門天、真ん中が福禄寿ですね。

えびす様のアップはこちら ↓

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鯛の顔がちょっと変(^^ゞですが、確かに右手に釣り竿、左脇に鯛を

抱えていますね。

この謎もおいおいわかってきます・・・

前回、えびすは「古事記」「日本書紀」に記されている蛭子(ひるこ)

から来ていると書きました。(一説です)

蛭子は手足が不自由で生まれ、葦の舟で海に流されました(T_T)

西宮神社では、その蛭子が摂津の国西の浜(西宮)の海岸に漂着し、

土地の人々が蛭子命ヒルコノミコト)として大事に育て、

人々に福を授けるえびす様となった、とされています。

このお話は昔話や説話に多い「貴種流離譚」(きしゅりゅうりたん)と

呼ばれる形です。

貴種流離譚・・・若い神や英雄が他郷をさまよいながら試練を克服した結果、尊い存在となる説話の一類型(折口信夫の用語)

また、海沿いにある漁村では、海からの漂着物をご神体として祀るえびす神社も

あるそうです。丸い石やクジラの骨、南方から流れてきた日本にない道具などが、

えびす神となりました。

 

大阪にある今宮戎神社はまたちょっと違います。(どう違うかは後述)

 

えびすさまがなぜ釣り竿と鯛を持っているのかの謎は、「海彦山彦」の

お話が結びついたのではという説があります。

この先はまた次に・・・